Teruyuki Tange

丹下輝之



1955年6月3日生。双子座。AB型。趣味はサーフィンと神社参り。好きな食べ物はやっぱり「魚」。16歳10ヶ月から日本料理の道へ。

*言っときますが自慢話多々です。

1955年6月3日世田谷区生まれ 
小学生時代は水泳ブレスト25m練馬区代表、東京オリンピック前後は体操にはまり大車輪で鉄棒から何回も落下、短時間記憶喪失に度々なる。忘れっぽいのはこの所為と本人は思っている。その当時の得意技は背面蹴上がり~逆車輪・蹴上がり~フットサークル~正車輪などなど。
中高時代はサッカー部。2年の時膝に外傷を負い、それが原因で両膝オスグット氏症になり、3回手術。過激なうさぎ跳び、人を肩車しての屈伸、長時間空気椅子などなどが原因らしい。成長期の理論無き根性のみスポーツ訓練は要注意と以後の教訓にする。
中学2年から兄貴の影響でロックにはまりグランドファンクレイルロード・レッドツェッペリン・キングクリムゾン・ELPなど聞きまくり、ギターも猛特訓。中三~高2時は伝説のコンサート(ジョン・メイオール日劇、グランドファンク後楽園、レッドツェッペリン武道館、フリー<若き日のポール・ロジャースのグループですよ。>の赤坂ムゲンなどなど)を経験。また同時にソウルにもはまり新宿ゲット・ジアザー・ポップ、青山パルスビートなどへ出入りし、ジェームスブラウン・テンプテーションズ・フォートップスなどで踊りまくり・騒ぎまくり、、その結果1972年東京都立武蔵丘高校(青島元都知事は同校卒業生です。)を「2年1学期」で強制卒業。「手に職をつけ大成功」というテレビ番組を見て発奮、同年6月「赤坂きくみ」に見習い入店するも1ヶ月で逃亡。新宿、六本木のディスコでふらふらしながら数ヶ月を過ごした後、公安の親切(いわゆる補導→鑑別ってやつですな。)と「自己嫌悪の嵐」をきっかけにひょんな事から大阪へ料理修行にいくはめに。当初生野区今里で過ごすも、祖父知人の紹介で兵庫県神戸市の芙蓉(のちに有馬御苑)に住み込みで料理修行する事に。芙蓉では文字通り性根から叩き直され、「前略、オフクロ様」のサブちゃんの如く「女の子には目もくれないで、早寝早起き」の毎日。修行を始めて5年後の1977年正月芙蓉料理長故野口昌三郎氏の紹介で当時のなだ万総料理長故熊野保氏と出会う。初対面で何故か気に入られ、同年なだ万に入社。熊野料理長の下、なだ万帝国ホテル店に配属。偶然にも東京に戻る事に。
60人の同店料理人(なだ万全店ではその当時でも料理人は400人)の一番下からスタート、下働きの毎日。後に部下になる後輩(今はちゃんこ若の総料理長)に当初はアゴで使われる。「丹下、せっせとマナガツオの水洗い、三枚卸をするの図」を見ていた熊野氏の評価で3ヶ月目に一気に中堅へ。当然の如く前出のアゴ使い後輩君は立場逆転。以後脇板から向板へ昇格。なだ万時代は文字通り朝から晩まで働き詰めの凝縮された日々を過ごし以後の人生の糧となる。その当時思い出に残る事は国賓・政財界、芸能スポーツ界等の著名人の来店、出張が多々ある中、鮮明に覚えているのは、アグネス・ラムに特別に作ってあげたお茶漬け(自分で作って自らお席まで持って行きました。)を彼女が美味しそうに食べ、満面の笑みで”Thank you verry much!!"と言ってくれた事・三浦○一郎と石原○次郎、○太郎さんが宴席で大演説をかました直後、笹川○一さんが登場。三人ともいきなり最敬礼で出迎え、「マジで・・?」だった事・某宗教団体のお1人35000円(30年前の!)800人の出張料理で現場に行ったら帝国ホテルより立派な厨房があり、殆どの閣僚が出席してた事・外務省飯倉公館で鄧小平氏に料理(鮑の酒煎りほか)を誉められた事・アランドロンと三船敏郎が突然厨房にやって来たのにアランドロンしか分からず三船さんを警備のおっさんだと思った事・約1000個の御節を3日徹夜で作り、気が付いたら箸を持ったまま床で寝てた事。それをまた寝ぼけて踏んづけコケる奴がいた事(作るのは完全空調のホテルの調理室で快適っす。)などと他愛もない事が多いが、24時間毎日料理漬けの日々を過ごすも休日は必ず波乗り(その当時仕事前でも超早朝の波乗りもこなし、年間90日の海行きを達成)三昧。
当時の先輩は現なだ万総料理長木浦氏、現燈々庵・井中居総料理長田中氏、プリンスホテル和食総料理長土山氏、平安閣料理長新谷氏等など。同僚後輩は現帝国ホテルなだ万料理長大島高幸、香港なお膳料理長佐藤直行、新宿アプローズ料理長加藤道久、今半料理長千田等など。(ちなみに中村○明はあの当時蚊帳の外の人。今でも、、?)
なだ万退職後(退職する時は全料理人400人中上から50番以内でした。)急ぎ足でフレンチ「コックドール」向島「料亭 ふじ田」活け魚「伊豆島」ちゃんこ「富士錦」京料理「京桃」串揚げ「串の坊」串揚げ茶屋「福わ家」ブリジストン本社社食など等を経験。立食いソバ・定食屋から懐石・レストラン・居酒屋までこなせる「手の職」を得ると同時に今までの敵討ちのつもりで遊びまくりサービスマインドを磨く。
昭和六十年六月「懐石酒家 開花屋」を吉祥寺に開業。11坪24席で月商600万円を達成。
噂を聞きつけた電通の依頼により飲食店アドバイザーとなる。
山形屋海苔店・日本水産・サッポロビール・日本ハインツなど等の仕事をこなしながら昭和六十三年四月渋谷店開業。
平成元年アイスクリーム事業開始。以後は下記職歴に記載。近況はMY WORKにて。

職歴
1972 6月  赤坂 「きくみ」仮見習い
1972 11月  神戸市有馬 「芙蓉」入社
1976  2月  「なだ万」入社 帝国ホテル店に配属
1977 10月            脇板昇格
1978  9月            主任昇格
           衆参議長公邸、NHK、外務省等への出張担当
1979  2月  「なだ万」円満退社
1979  3月  銀座 「コックドール」
1980  4月  日本調理師一心会に所属 以下に出向
           向島 「ふじ田」
           八重洲 「伊豆島」
           松坂屋 「松栄食品」
           荻窪 「京桃」
           東十条 「富士錦」
           福生 「福わ家」
           ブリジストン京橋サービス
1985  吉祥寺 「懐石酒家 開花屋」開業 (平成12年撤退)
1987  山形屋海苔店 「海苔&惣菜 紫樹」コンサル (電通)
1988  開花屋 BY THE SEA 開業
1989  代官山 六貫 立上げコンサル
1989  アイスクリーム事業開始
1989  丹下起行株式会社設立
      「京開花」アイスクリーム販売開始
1990  ピンクハウス「ピンクハウスカフェ」 立上コンサル
      博多・千葉(のちにネイチャートレイルと改称)
1991  宅配 瑠璃仙 立上げコンサル(現宅配永谷園)
1991  日本水産飲食事業部コンサル (読売広告社)
      魚魚亭(茅場町・浦安) TUKIJI 漁屋
1992  弘前 津軽迎賓館 翠明荘 立上げコンサル (読売広告社)
1993  揚州商人 立上げコンサル
1993  伊豆高原美術館 「RISO」 立上げコンサル
1994  日本ハインツ商品開発
1995  サッポロビール ビール事業部販促プランチーム
      料理虎巻・繁盛虎巻・riseほか
1996  欧風料理問屋 クッチーナ 立上げコンサル
1997  松竹映画「美味しんぼ」技術監修
1998  サッポロビアアカデミー講師
1999  ロスアンゼルス「SUN&MOON CAFE」 総合コンサル
2000  曙屋商会 銀座「チャオ」「ぱちぱち」料理指導
2000  柴田書店 パブリシティ
      味の素・ネスレ日本・ミツカン酢・キューピーほか
2001  新宿「類」 コンサル
〃     Japan Timesに「Flower Power」のタイトルで社説欄に掲載される
2002  山形屋海苔店 「海苔飯屋 惣’S」 立ち上げコンサル
2003  懐石 「大宮 伊勢錦」 総合コンサル
      日出味噌醸造元 商品開発
2004  YM商品開発 (「禅スイーツ」シリーズ)
      江戸川エコクッキング講師  
2005  和風チーズケーキ開発・販売開始
2006  鶏肉加工業 岐阜タケムラ商事 商品開発コンサル
      木更津 株式会社グルーヴ 業務指導コンサル
2007  木更津 開花屋開業コンサル
      大宮 伊勢錦工場・料亭立ち上げ 総合コンサル
2008  大阪東市場 株式会社ショクシン 業務指導コンサル
      日光さかえや 業務コンサル
      長野伊那「プリエキャスレード」 業務コンサル
      木更津「なかなか」業務指導
2009  姫路藤橋商店「たまごや」総合コンサル
      「ビールのつまみワインの肴」出版(柴田書店)
      「KAIKAYA RedBook」(刊行予定)
      「醤油サブレ・胡麻くぐろふ」開発指導
      木更津ロックタウン内レストラン開業指導
2010  地方・海外で見聞を広める1年とした
2011  大地震でめげるも店舗拡張「PIPE CHAMBER」と名付ける
〃   被災地炊き出しボランティアに参加
2012  サッポロビール「丹下輝之の料理道場」開始
      「使える鶏肉レシピ」出版(柴田書店 共著)
2013 ちきり清水商店 かつおぶし啓蒙 フードプランニング
      「使える魚介レシピ」出版(柴田書店 共著)
2014 台湾版「使える鶏肉レシピ」発刊

      現在に至る

資格:

調理師免許
東京都ふぐ調理師免許
千葉県ふぐ処理師免許
調理技能士
日本お魚マイスター
詩吟神風流 五段(号名 翔風)

講師経験:

サッポロビアアカデミー
プランタン銀座(エコール・プランタン)
江戸川エコクッキングほか

その他役職:

なだ万OB会長

趣味:

サーフィン・神社参り・墨絵
ドラム・パソコン・釣・クラシックソウル(踊り)

座右の銘:

一事が万事心次第

尊敬する人:

小松神擁師(神命大神宮 大宮司)

家族:

妻・二女二男

Disciples:

大坂富士男(Auckland NZ "HANA HANA")
水谷之俊(名古屋 光村)
東栄一(広島 花みずき・AKISAKURA・段原 開花屋)
鈴木宏昌(馬橋 一と九・柏 魚火)
中本雄二(熊本ココティエ COCOTIER)
伊勢哲二(浦和 心や)
服部匡平(沼津 Vanzo)
ほか多数

Goodwill:

開花屋 楽麺荘グループ(株マジェスティックダイニング)
木更津 開花屋(株グルーヴ)
京開花ジェラート(有ウッドヴィレッジ)




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丹下輝之
1955年6月3日生。双子座。AB型。趣味はサーフィンと神社参り。好きな食べ物はやっぱり「魚」。16歳から日本料理「なだ万」に入り料理の道へ。
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